心の手術

心の手術

i 2016年11月19日 コメント数:0 by

ヴィッパーサナ瞑想センター

「ダンマディッチャー」にて

初日の講話で

“心の手術”と言います。

 

その意味が

日数が経つごとに、分かります。

体感するというのか。

自分で自分の手術してるみたいな。

そして、

自分以外は絶対に出来ないこと。

 

 

 

これまで出会った人たちや

経験してきたこと、

読んだり学んだりヨガをして

 

嬉しかったことや楽しい夢中になったこと、

辛かったこと悲しかったことや悔しかったこと、

 

それを通して

自我が取り払われ

調和することを学び、

毎日が

幸せに健やかに過ごせる道を

それぞれが歩んでいます。

(それでも日々、修行となる出来事は否応なしに次々と訪れ続けますが^^;)

 

たとえ、

意識的にも無意識にでも

自主的にも他動的にも。

 

すべては、

エゴに気付いて浄化して

純粋に向き合うための現象でしかないと思ってます。

 

エゴに振り回されるのか、

エゴを増やし高めるのか、

ワタシをなくして周りとつながりながら

みんなが笑顔になれる方を見つけられるか。

 

だから、

得ることよりも

捨てていくことを意識します。

結果、与えられるように

“得ていた”ことにも気づけます。

 

そうやって

様々な経験や人たちから“ヨガ”(生き方)をさせてもらってます。

自分を知ること、

本質(真実)に気づくこと。

 

ヨガや心理学で

とても生きやすくなりました。

 

それでも、

自分にしか分からない

自分の中のモヤモヤ、イライラ、苦しさ、悲しさ、傲慢さ。

自分の中からSOSを感じているのに、気づいているのに、

何も出来なくて、何もしてあげられなかった。

 

外側の人や物では

それを癒すことができないことも

自分の中の無意識は気づいてます。

 

お風呂に入っても、

エステに行っても、

カラダに良いものを食べても、

新しい服やウェアを買っても、

本当の意味で

キレイになっていないことにも気づいてました。

 

 

ソルナのTTで出会った方は

突然、

自分の前世に気づけるようになったそうです。

その方が

「カルマは瞑想でしか解消出来ない」

と言っていた言葉がずっっと残ってて。

 

生まれてから40年近く

カルマを作り続け、

自分の中に溜め込み続け、

 

生まれる前から抱えてきた

たくさんのカルマもこんもり溜まってて。

 

私の中の潜在意識には

相当な汚濁や宝物も含めて

便秘状態のような重さというか。

 

私を取り囲むチリの幕がどんどん分厚くなっているような、

目が濁ったり光が減っているような。

 

筋肉や関節は

以前より柔らかくスムーズにこわばりから解放されてたとしても

奥底の緊張が残っていたり、

またすぐに勃発したり。

 

ワタシの中のワタシに

どうにかしてあげたいという思いで

ヴィッパーサナ瞑想に行こうと思いました。

 

苦しみの原因となっている

心の汚れ、汚濁や縛り目(執着)。

ここでは“サンカーラ”と言います。

 

潜在意識に蓄積してきた心の習慣。

 

他では潜在印象とかサンスカーラとかサムサーラとかカルマとか業とか色んな言い方がありますが。

“ダンマディッチャー”のダンマも

他では「ダルマ」と言われたりします。

 

 

コース最終日に「聖なる沈黙」が解かれて

世俗復帰するために

喋れるようになるのですが、

お隣のベッドだった人から

「寝言で“サンカーラ”って言ってたよ」

と教えてもらいました(笑)

 

それくらい、

みんな自分の“サンカーラ”に向き合います。

 

苦行ではなく修行。

アディッターナ「強い決意」で。

 

たいていは、表面的には変われます。

一見、キレイになった水に見えても

底に溜まった汚濁は、

揺り動かしたりかき混ぜたりすると浮いてくる。

頭では分かっているのに

変えられない手放せないもの。

この奥底にある溜まったサンカーラ(根本にある汚れや縛り目)を

純化していく“心の手術”。

 

実践して体験することで

日々の生活を

楽観的、問題解決的に生きられるように。

 

ブッダの瞑想法 “ヴィッパーサナ”

自分の身体から知る“アニッチャ”=無常。

 

 

 


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