感覚を見つめる

感覚を見つめる

i 2016年12月19日 コメント数:0 by

〜4つの心〜

●意識

●認識

●ヴェーダナー感覚

●サンカーラ潜在印象

 

 

これは、

 

意識

サンカーラ

 

の間に「認識」と「感覚」があるってこと。

 

サンカーラはいつも

「感覚」に触れているということです。

 

つまり、

無意識は「感覚」に表れるってことです。

 

抑え込んできたもろもろは

いつも「感覚」として浮かび上がってる。

 

 

感情をただただ見つめると‥

膨れ上がったり繰り返したり

(余計に腹立ってきたとか、思い出したら悲しくなった悔しくなったとか)

 

波がおさまることはないのです。

 

 

いくらアタマでは分かっていても。

 

意識や認識では

無意識からの反応をコントロール出来ないのです。

 

ココロを扱うのは難しくても、

無意識とつながっている

「呼吸」や「感覚」を見つめることは出来ます。

 

 

過去や未来の不安や後悔など

妄想や 暴走はアタマが勝手に作り出したこと。

 

“いま、ココ”ではないことはすべて

事実ではなく推測です。

 

 

自分のことは

いつも

「呼吸」と「感覚」が教えてくれます。

 

それが真実であり

ダンマ(自然の法則)に気づける時。

 

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「感覚」を見つめる。

 

夜、眠っている時

意識は寝ているのに

寒ければ布団をかけるし

暑ければ布団をはぐ。

 

意識的にしているのではなく、無意識に。

 

潜在意識は眠ることなく

感覚に接しているので

快・不快を感じとり身体がそうしている。

 

無意識レベルの嫌悪と渇望は

感覚に表れ、

 

無意識に行為として

排除したり求めたりしているということ。

 

朝起きたら

引っかいた跡とか

かきむしった跡があるのも、

 

意識は寝てるけど

無意識はいつも感覚に触れているからです。

(かゆーい、ヤダー、ぼりぼりー

っていう

嫌悪の感情に→反応して→排除しようと→行為した)

 

 

映画館で2時間以上座っているのに、

瞑想では30分座ることも難しい。

 

映画を観ているので、

意識はスクリーン(外)に向いているけど、

不快を感じて無意識に体勢を変えてます。

(脚を組み替えたり‥)

 

ヨガ・瞑想は、

意識も自分に向かっているので

不快とも向き合わなければいけません。

 

戦うのか、

ガマンするのか、

逃げるのか、

ジッッと見つめるのか、

優しく呼吸で触れてあげるのか。

 

人それぞれ。

 

ヴィッパーサナ=観察は、

反応しない練習です。

 

出てくる痛みや苦しみは

自然なことです。

 

痛みを排除しようとしない。

その時こそチャンス。

出てきてくれてありがとー。

 

表面に浮かんできた

サンカーラ、汚濁、縛り目に対して

嫌悪も渇望もしないで

完全な平静さ

心のバランスで観察する練習。

 

探したり、追い求めたり、

作ろうとしたりしないで

そのまんまを観察する。

 

いま、身体で起こっていること

すべての感覚に気づいていること。

 

鋭い意識と平静さが養われます。

 

日常生活でも

いつでも自分の感覚に気づいていること。

 

否応なしにやってくる

様々な現象に対して

嫌悪も渇望もせず、

愛と慈悲と調和と平和で向き合うように。

 

サイレントな

完全なる沈黙の10日間で

サンカーラが表れてくれた

感覚にまんべんなく触れていきました。

 

 

 

 

 

 


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