自己犠牲、自己放棄

自己犠牲、自己放棄

i 2016年7月29日 コメント数:0 by

突然ですが‥

アメトークの高校野球芸人

見ました?笑

 

私は

高校野球は熱心に見てませんが、

毎年アメトークのコレは大好きで^ ^

 

image

 

星稜高校が

0-8で負けている9回裏、

監督から

 

「お前たちのテーマはなんだった?

“必笑”だったよな?

高校生活、悔いのないように、

思いっきりそれをやって来い。」

 

と言われ、

選手たちが超ピンチの状態で

解き放たれたように

とびきりの笑顔で野球を楽しみ始めた。

 

すると、

あれよあれよと奇跡のプレーが続き

逆転勝ちしたというドラマのような事実。

 

相手チームは、

満面の笑顔の選手たちを見て不気味に思い

動揺からくずれていったとも。

 

 

笑うこと・楽しむことは

その人の中にある可能性を開放させるのですね。

 

image

 

また、

小学校から一緒に野球をしてきた親友同士が

別々の高校へ。

 

高校野球で闘うことになった時、

投げては打ち、ファールを何度も繰り返し

終わらない直接対決のシーンで、

時間が止まったかのように

2人だけの世界で

プレーで会話を楽しんでいるような

満たされた表情でした。

 

真剣勝負でしたが、

終わった後のイイ顔。

 

2人は高校卒業後、

共に駒沢大学で野球しているそうです。

 

image

 

アメトーク最後のナレーションで

「どうしてこんなに胸を熱くさせるのか。

時に、

勝者よりも敗者が輝く不思議な舞台」

と言ってました。

 

 

 

現在、プロ野球・メジャーリーグで活躍している選手たちも

高校野球で悔しい思いをしていたり

甲子園にすら進めなかったストーリーがあります。

 

 

花巻東高校では

たくさんの選手達の中で

“チームが勝つために”

自ら、選手をやめて

サポートに回ることを決めるそうです。

 

そのベンチ外の3年生が監督から受ける

“最後のノック”という儀式。

 

それぞれの思いや感謝を大声で監督にぶつけて、

その思いを受けとった監督が最後のノックで返す。

これを受けて、

選手としての役割を終わらせます。

悔いなく気持ちに区切りをつける儀式。

 

この日だけは、

家族がグラウンドに入って良いそうです。

 

息子の姿を見守る親の思いが

胸をしめつけます。

 

この日、グラウンドで初めて

息子の決断を知る父親もいました。

 

 

スタジオの

大友康平(高校野球芸人?)が言ってました。

 

「以前、

尊敬している方が言っていた

『本当の男らしさは“自己犠牲”』と。

それは、

大人になっていろんな事を経験して初めて分かること。

でも、この“最後のノック”の3年生たちは、

17歳・18歳にして

自己犠牲、感謝、そして1つになることをやってる。」

 

image

 

行いのヨーガについて書かれている

聖典ヴァガバッド・ギーターには

平等観、自己放棄、無執着の大切さを説いてます。

 

ギブ・アンド・テイクや自分の都合がない、

自己執着であるエゴを超えた

プラパッティ(自己放棄)は

自らの精神の断捨離となり、

魂の浄化・ダルマ(義務)の遂行を進めることが出来る。

 

“放棄”は最高の浄化であることが分かる。

 

自分の思いを超えた所に慈愛の世界が広がり、調和がはかられる。
決して自己犠牲ではない。

「わたしの」とか「わたしが」などの自己執着があるうちは“自己犠牲”となり、自らを苦しめます。

 

損得や勝ち負け、失敗も成功も超えて

喜んで与えることが出来る

“無執着(ヴァイラーギャ)”“自己放棄”は、

すべての存在が喜びを味わえる献身性を養い、

絶対者ブラフマンとの一体感、

永遠の至福(アーナンダ)というヨーガの完成へ向かう。

 

 

3a527b968e9f6b81d7cdda3141cef5f2_s

 

日本メンタルヘルス協会

衛藤信之先生も

アンパンマンを通して

善悪にとらわれず、

自分の人生を生きていく大切さを教えてくれます。

「性懲りも無く‥」

 

誰かになろうとしないで

自分自身を目指すこと

“The best”から

“My best”へ

 

あなたという花を咲かせる

あなたという光を広げる

 

 

 


Comments

Leave a reply

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*