自燈明

自燈明

i 2017年3月5日 コメント数:0 by

ブッダが入滅する前の

最期の教え

“自燈明・法燈明”

(じとうみょう・ほうとうみょう)

 

ブッダ十大弟子の一人である

アーナンダ(阿難陀)は

ブッダの晩年に25年間、

側近として身近に仕え

最も多くの法を聞いた。

 

その愛弟子アーナンダを呼び

自分がいなくなった後のことを

説法で託したのです。

 

 

『自らを燈明とし、

自らを頼りとして、

他人をより所とせず、

 

法を燈明とし、

法を頼りとして、

他をより所とせずに

修行しなさい。』

 

不安と悲しみにくれるアーナンダに

真理ににしたがえば、

自分の力で生きていけると、

優しく諭した。

 

 

ブッダのこの言葉は

“自灯明”

という禅語にもなっています。

 

自分の中の灯明を頼りに

足元を照らして進むこと。

 

他人からの評価や

他人によって幸せ不幸せになるという

外の灯明に頼ったり

追い求めたりする苦しみから

解放されるのは、

 

すでにもうある

自分の光に気づき満たし広げること。

 

そすれば、自然と

周りにも照らされるようになり

自分も周りを照らして調和します。

 

お釈迦様に学ぶ

強く生きるための智慧

 

経典や聖典、様々な教えを

知りながら、

自分の中の光(気づき)に

したがって生きる。

 

自分の中の神聖・仏性に気づいていく。

本質というのか

自在神というのか

アートマンとか

プルシャとか。

 

真のグルジ(師)は

自分の中にある。

 

自分の本質や光を知ることは、

結果、

大いなる自然の法・真理を知ること。

 

自燈明は法燈明なんですね。

 

 

それでも、

教えは教えであって

実際に

体験・経験した人にしか分からない。

 

 

ヨーガ・ニケタンでの学び

スワミ・ヴィヴェーカナンダ大師より

 

『ギャーナ(鳥の一翼)、

バクティ(他の一翼)、

ヨーガ(方向舵)が調和を持って

融合しているタイプの人格がもっとも高貴』

 

【解説】

人がこの人生を生きる時に、

知性/ギャーナ(左脳)を

鳥の一翼とし、

 

感性/バクティ(右脳)を

他の一翼とし、

 

これら左右の翼を自在に操る方向舵が

ヨーガの智慧であると

スワミ・ヴィヴェーカナンダ大師は記している。

 

 

キルタンのリトリートでインドから

帰ってきたばかりのさとこさんや

 

いつもマントラとある

みほこの話を聞くたび、

共感して涙があふれます。

 

内なる声や気づきは、

本当に真実なことは、

自然と周りも

心が浄化されるのだと実感します。

 

そのクリアな愛に満ちた感性で

真理を知る体験をするバクタたちが

周りにいることがありがたいです。

 

だから、

2人の話を聞くと

私の左右の翼がちょっとバランスとれる

 

‥ようになってるのかもしれません。

 

 

ゆらゆらやわらかく

でも芯はある灯明が

それぞれの中にあーる。

 

 

 


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