時間の概念

時間の概念

i 2018年11月3日 コメント数:0 by

前に

瞑想クラスの代行をしたとき、

レッスン終わってケータイ見たら

この画面だった。

 

クリアに “収まる” かんじ。

宇宙はすべて完璧な秩序でできている。

フラクタル構造。

 

 


 

 

はせくらみゆきさんの記事より‥

 

【私はいつも、ベストタイミング】

 

―「時間を気にする」から
「ベストタイミング」へ―

 

伊勢・出雲のダブル遷宮
があった2013年のこと、

当時、
私は「元伊勢・元出雲ツアー」という、
一泊二日のセミナーを開催したことがある。

 

それは、
日本の古代史や神代の歴史をひも解きながら、
初日に
丹後の籠神社・真名井神社を、
翌日に、
丹波の出雲大神宮を詣でて、
座学も行う、
というものだった。

 

けれども、
最終日の後半、
道が混んでしまい、
出雲大神宮の参拝時間が、
当初の予定より少なくなってしまった。

 

お宮の参拝後、
私は山を見上げた。

出雲大神宮の奥手には、
御神体山である
国常立尊が鎮座されている
御影山が見えている。

頂上にある磐座は、
言葉で伝えることが難しいほどの、
言葉を超えた何かを感じる
聖域中の聖域だ。

 

できれば
そこに参加者の方とお参りしたい…。

どうにかして
いけないものだろうか?

宮司様にお伺いすると、
お山を登って降りるのに
45分は必要とのこと。

 

けれども、
帰りの出発時間までには20分しかない。

途中までいって、
引き返すか?

それとも、
50名もの参加者だと
足の速さも違うので、
無理はせず、
最初から「行かない」という選択にするか。

 

悩んだ私は、
瞬間、目をつぶり、
内なる叡智に問うた。

そして次に目を開けたときに、
思わず口をついて出た言葉は、

「行きます」

だった。

 

それを、
参加者の方に告げたら、
皆は、
歓声を上げて喜んでくれたのだけれど、

ツアーを企画したスタッフは,
凍り付いて真っ青になっていた。

 

45分かかるといわれているところを、
20分で往復する⁉
そんな無茶な…。
(これって、
絶対途中で引き返すパターンだよね。
…とスタッフの声)

なぜ、
その言葉になったのだろう?

 

今となったら、
あまり思い出せないのだけれど、
だたただ、
あの場に、皆さんをお連れしたい、
そこで共に祈りたい、

その想いだけが、
はっきりあったのを覚えている。

 

そして、その時、
一人の時では、
時折やっていた、

時間の流れる速度が変わった、
と感じた時にやっていた方法

「強く思って、時計は見ない。

 確信をもって動く。

 到着時間だけ、設定しておく」

というやり方を
仲間にお伝えして、
皆で黙々と山に登った。

 

なぜ、
黙々と(おしゃべりはしないで)、
登ってもらったのかというと、

意識を内側にもっていってほしかったのと、
おしゃべりで、
顕在意識の自分が前面に出ることで、
時間が直線的に流れるのを抑えるため、
だった。

 

で、
しばらく歩くと、
全員が奥にある磐座まで到着出来て、
皆でお祈りが出来た。

 

…うれしい。

 

けれどもちょうどその時、
どうやら、
バスに乗り込む時間になっていたようなのだ。
(と、あとからスタッフに聞いた)

 

確かに、
その時に遠くから、
4時の鐘が聴こえてきたことを
かすかに覚えている。

 

しかし驚くのはそこからだった。

 

なんと…、
その時間から
時計の針が動かなくなり、

しかも、

そのまま逆向きの方向で針が進んでいった
(12時から9時の方向に針が戻っていった!)とのこと。

 

といっても、
私は一切時計を見ていないので、
これも
あとからスタッフより聞いた話なのだけれど。

 

かくして、
しっかりお山での参拝を終え、
お手洗い休憩やら、
御神水まで頂戴して、
バスに乗りこんだ時間が、
当初決めた到着時間と同じ、
ぴったり4時だったのだ。

 

これには、
私もさすがにびっくりしたのだけれど、
参加者の方も
同じようにびっくりされたのだった。

 

皆の時計も、ちゃんと4時だったから。

 

一体何が起こったの?

 

お山に上る時の時間自体を勘違いしてた?

 

あるいは…、

時間って…もしかして、幻想なの?
時間って…直線ではないの?

 

さまざまな疑問が皆の中によぎったらしく、
中には、
時計の調子がおかしくなった人も数人いた。
(しばらくすると元通りになったらしい)

 

その後、
それぞれの方々から、
さまざまな変容が起った
との御報告を多々いただいた。

 

ある人は
いつも不機嫌な家族が優しくなっていたり、

いつも足が痛い人が、
痛くない人になっていたり、
なんてことも聴いた。

 

といっても、
私自身としては、
「たまたま」起こったその奇跡を、
それ以上追求するのがいやだったので、
忘れることにした。

 

きっとこれは
神様からの恩寵ではなかったのか。

 

その後、単純な私は、
すっかり起こったことさえ忘れてしまった。

 

あれから5年が過ぎ、
先日、
突然そのことを思い出したのだ。

 

まるで5年間、
水面下で氷結されて、
意識の下に眠っていたものが、
いきなり湖面から顔を出して、
氷がはじけて溶けていくような感じだ。

 

この時のことを、
書こうかどうか迷ったけれど、
やっぱり書くことにした。

 

これを単なるスピリチュアルな戯言と、
云われるのも本意ではないけれど、

 

そんな抵抗は
自我のなせる保身なのだから。

 

内なる叡智は、
意識の深いところで、
共に分かち合うことを、
望んでいる
と感じるからそれに従おう。

 

…というわけで、

 

時間って何?
時空って何?

 

時間は直線?
それとも曲線?
それとも…光の点滅?

 

人類が常識としていたことに、
当たり前だと思って疑わなかったものの中に、

次の時代を拓く鍵が潜んでいる

 

時間の本質を見抜くと、
時間に使われなくなる。

 

あるのはいつも
永遠の今。

連続性も因果関係もない、
断続的な今。

 

まずは、

「時間に追われる、間に合わす」から、

 

「私はいつもベストタイミング」

 

という信念に書き換えてみて、

そこから始まる現実を、
体感してみる、

というのはどうかしら?

 

理屈や理論もいいけれど、
体感からはいってみることで、
きっと新しい地平が開けてくる気がするよ。

 

 

 

こないだ
祝日プログラム

“心と身体を解放するヨガ”

で伺ったルキナ大塚駅前店。

ありがたいことに
次回の祝日プログラムでも
お呼びいただきました✨

楽しみです(´▽`*)

 

 


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